落ち着いたギラギラ救急医のブログ ER×ICU+α 

やっくんの「だから救急はおもしろいんよ」 日々の仕事や生活をつらつらと

乳腺外科医 準強制わいせつ事件の高裁判決について

問題ある裁判

4年前、術後の女性患者にわいせつ行為をしたということで乳腺外科医が逮捕された事件があり、一審では外科医は無罪、そして先日高裁での判決がでました

東京高裁は一審無罪判決を破棄し、有罪として懲役2年を決定しました

僕は判決について今回どうこう言うつもりはありませんが、判決までのプロセスに大いに問題があると考えております

 

この件に関しては、逮捕が話題になった当時に、日経メディカルにコラムを残しておりました

それを振り返り、そして今回の判決に至るまでのプロセスのどこに問題があったのか、述べて見たいとおもいます

 

 

逮捕不要の表明

事件を振り返ります

要約すると以下の様になります

 

・40歳の外科医が30代女性患者の右乳腺腫瘍摘出手術を行った

・全身麻酔下に手術を終了し女性は病室(4人部屋)へ

・術後35分以内に外科医は病室で術後の診察

・その際にわいせつ行為に及んだ(らしい)

・女性は全身麻酔から覚めたばかりで抵抗できなかった

・女性は退院後、職場の上司(友人?)に相談し、相談を受けた人が警察に訴えた

・警察は捜査したが、物的証拠は乏しく経過

・事件から3カ月後に外科医逮捕

 

疑われているわいせつ行為の詳細については、「着衣をめくって左乳房をなめるなどの行為を2回にわたって行い、うち2度目については自慰行為に及んだ」ということで、本当だとしたらなかなか大胆だなという印象を受けます

 

この医師が手術を行った病院は、医師の逮捕は不当であるということで抗議文を出しています

 

要旨は次のとおりです

・現場検証には素直に応じた

・全ての診療録を提出している

・顧問弁護士からも「わいせつ行為の証拠はなかった」旨を申し入れている

・その後警察から連絡はなく突然逮捕された

・術後せん妄と言っても矛盾しない時期の出来事である

・信憑性に疑問符がつく証言のみで客観的証拠がないままの逮捕である

・医師に逃亡の恐れや証拠隠滅の恐れはない

・逮捕は不当であり医療現場に混乱しか与えない

 

こういう事情があった上での逮捕、起訴、裁判となっています

 

さて、ここからは僕個人の意見です

この件に関しては、次の3点だけは世間様に伝えたいなと思っています

 

 

①やろうと思っても無理がある

②真相がどうあれ逮捕は不当である

③せん妄の管理は難しい

 

 

やろうと思っても無理がある

まず、行為が本当にあったかどうかは分かりません

もちろん、胸を舐めたり、それをオカズに自慰行為に及ぶなど言語道断です

本当にそのようなことが行われたのだとしたら許せないことです

 

ただ僕が思うに、今回伝えられているわいせつ行為は、ほぼ不可能な状況だったんじゃないかと…

4人部屋で他の患者がおり、術後すぐでナースも回診に頻繁に訪れる可能性がある場所です

実際頻回のナースコールがあり、しかも患者の母親も側にいたとされています

 

一瞬胸を舐めるところまではやれても、まさか自慰行為はできないでしょう

また、術中術後の表皮というのは医師にとって、基本的に(言い方は悪いですが)「不衛生な場所」という認識です

特に外科医であれば舐めるという発想はないと思います

 

もちろん、ぶっ飛んだ考え方をする人がいて、そういう人が犯罪者になるのかもしれませんが、物理的に無理があることは普通しないですよね

 

今回の患者は右乳腺腫瘍摘出手術を受けていますので、術後回診の際、腫瘍摘出部位に血腫ができていないかなど確認するために触診が必要になる可能性は高いです

その際の触診と、薬剤の影響が絡んでわいせつ行為と認識された可能性は否定できません

 

しかし、その状況でなめたり自慰行為に及んだり…ということ自体は無理があるというのが、医療従事者としての素直な感想です

(病院側の言い分が本当ならね…)

 

真相がどうあれ逮捕は不当である

次に逮捕についてです

逮捕の要件は、証拠隠滅や被疑者逃亡の恐れがあるなどの事由です

 

病院側は証拠を全て提出しておりますので、どこに隠滅の恐れがあるのかと大いに疑問に思います

逃亡の恐れについてはなんともかんともですが、非常勤とはいえ、身分が明かされていて、普通に働いている医師は逃亡できないです

警察からは逃げられないというだけでなく、普通の医師なら患者を放って逃げることなどできません

 

この外科医も、病院が抗議文を出して援護するくらいだから、よほど真面目な先生なのだと思います

病院側は術後もしくは麻酔の影響によるせん妄状態の影響だと「確信している」と主張しています

 

鎮静薬の副作用の性的な幻覚の思い込みは結構強いようで、事実の確認を取るのはなかなか難しくなるかもしれません

 

twitter上でせん妄についての知識向上に努めようとする医師らが、レビュー文献を翻訳して公開してくれていますので、ぜひ目を通してみてください

 

患者サイドとのコミュニケーション不足から、誤解を生むことはあると思います

今回は準強制わいせつ容疑ですから、親告罪です

 

術後のトラブルが生じた際に患者が告訴するのは自由です

僕はそこを否定するつもりはありません

今後一層の努力をしなくてはならんなと思いますが…

 

問題は、そこから逮捕に至った警察のプロセスです

証拠が不十分なまま、自白を強要するために監禁(逮捕)したのではないかと邪推してしまいそうになります

そう思われても仕方ない対応じゃないでしょうか?

絶対に立件するんだという意思を強く感じます

逮捕拘留の許可を司法に請うたとき提出した証拠はフェアだったでしょうか?

 

残念ながら、日本社会では逮捕されると一斉にマスコミが報道するので、逮捕された人の名誉は地に落ちます

逮捕するにしても、せめてマスコミにリークするのは容疑がもっと固まった段階でもいいんじゃないかと思います

 

また、逮捕によって生じた本人及びその医師が担当する患者さんに対する不利益を、どのように埋め合せるのでしょうか

今回のケースで、それらのリスクと、証拠隠滅・逃亡のリスクを天秤に掛けた時、どちらが高いでしょうか?

 

痴漢冤罪をひっくり返すことも困難な世の中です

本件のように客観的な証拠が不十分でも、送検・起訴されます

 

起訴されたら、以後ひっくり返しようがありません

もちろん無罪判決が出ることはあり得ますが、裁判に掛ける時間や、日本の有罪判決率の高さを考えれば、起訴されるということはものすごい意味を持ちます

 

医師は、証拠不十分でも起訴される可能性に常にさらされることになります

明日、これが我が身に起こるかもしれないと思うと、一医師として恐怖を感じずにはいられないのです

そして、今回の裁判は、その証拠をどの様に扱ったという点において絶望的な判決をしております

 

 

証拠不十分でも逮捕され、起訴され、有罪判決になってしまうという現実を突きつけてきました 

(次回詳細記載)

 

 

せん妄の管理は難しい

せん妄とは、軽度の意識障害に幻覚が伴ったようなものを指します

手術などの侵襲に伴うもの、麻酔薬の副作用など様々な要因で起こします

入院して環境が変わっただけでも出ることがあります

 

ベッドから立ち上がって歩き回ったり、点滴ルートを抜いたり、様々な(患者にとっての)不都合が生じます

 

薬剤の効果で有名なのは、ケタミン(商品名:ケタラール)での悪夢ですが、近年よく使用されるミダゾラム(ドルミカム)やプロポフォールでも報告があります

 

性的な悪夢を見ることもよく報告されており、僕自身も10代の男の子から「みんなに服を脱がされて乱暴された」 と言われたことがあります

老若男女かかわらず、性的な幻覚が起こるという意識を持たなくてはなりません

 

このあたりも、副作用として認識しつつ注意して使う、ないしは使わないという選択をするのですが、侵襲が大きい処置をする際にはやはり鎮静せざるを得ないことが多いです

 

事前に説明しておくという手もありますが、頻度から考えれば、ミダゾラムを使用する時にいちいち淫夢の可能性を説明する医療従事者は現時点では少数派なのではないでしょうか

また、特に救急の現場では説明が不可能だけど処置しなくてはならない場合も多々あります(家族がいない、意識障害があるなど)

せん妄の管理は非常に難しいのです

 

急性期であればあるほど起こらないようにする予防は困難ですから、「起こったらどうするか」という対策に終始してしまいがちです

 

 

僕は研修医のころ、「女性の診察をするときは、必ず女性ナースの付き添いを」と先輩から言われました

しかしこれは、実際の現場ではかなり難しいのが事実です

 

診察中にナースを1人、ずーっと付きっきりにしてもらうほどの人的余裕はありません

 

前述の通り、女性に限らず男性でも性的被害を受けたとの幻覚が生じ得ます

やるなら、若い女性に限らず全例で付きっきりの体制にする必要があります

 

術後早期の回診をしたいのに、ナースが捕まらないからいけず、早期発見しなくてはならない異常が発見できなかったなんてことになれば、本末転倒です

 

あと、複数人数で対応していても「集団暴行された」と言われてしまうかもしれません

考え出したらキリがないです…

 

続く

ということを踏まえて、今回の判決を振り返って見ましょう

つづく