バルプロ酸
みなさん、バルプロ酸中毒の患者に出合ったことはあるでしょうか?
バルプロ酸ナトリウム(商品名デパケンなど)は、欧州で1964年に導入された抗てんかん薬で、日本では1991年から販売されています
GABA(γ-アミノ酪酸)代謝を抑制し、GABA量を増加させて神経興奮を抑える薬剤で、現在では片頭痛発作の発症予防や、気分障害の治療にも利用されています
正しい使い方をすればよい薬なのですが、過量服用して搬送される方がたまにいます
過量服用ではなくても、ベンゾジアゼピン、サリチル酸、エリスロマイシン、シメチジンなどと併用することで作用が増強され、意図せず中毒症状を呈するかもしれないので注意が必要な物質です
継続処方される場合にも、血中濃度を測定する機会が多いかもしれません。
カルバペネム!?
最近、このバルプロ酸中毒に、カルバペネム系抗菌薬を投与したらいいのではないかという文献(ケースレポート)がちょいちょい出てきています
なんで薬物中毒に抗菌薬やねん!?
って感じですよね
これを理解するために、まずはバルプロ酸中毒を理解していきましょう
バルプロ酸中毒で何が起こる?
バルプロ酸は消化管からの吸収が早く、通常0.5〜4時間程度で最高血中濃度に達します
意識障害を起こすほか
高アンモニア血症(バルプロ酸の代謝物であるプロピオン酸が尿素サイクルを障害し、アンモニア代謝を阻害)
低カルニチン血症(バルプロ酸がカルニチンと不可逆的な結合を起こし、ミトコンドリアでエネルギー産生ができなくなる)
脳浮腫(アンモニアがαケトグルタル酸と結合してクエン酸回路が回らなくなりATP産生が減少→代謝されなくなったグルタミン酸が脳の星状細胞に取り込まれて脳細胞内の濃度が上昇)
を起こします
濃度に関わりなくこれらの症状を起こすという報告もあるのですが、意識障害の重症度は濃度依存的なので、中毒が疑われる場合にはできるだけ濃度を測定します
徐放剤だと最高血中濃度に達するまで8〜12時間程度かかるので、服薬後に血中濃度が高まる場合もあります
濃度についてはフォローも重要です
バルプロ酸の血中濃度が850μg/mLを越えると全例が昏睡になるといわれますが、すぐに血中濃度を測定できない施設の方が多いと思います
一応、内服量からおよその重症度を考える指標がありますので参考にどうぞ
- <200mg/kg 無症状〜軽症状→傾眠
- 200-400mg/kg 中等度中毒症状→中枢神経抑制
- 400-1000 mg/kg 重度中毒症状→昏睡
- >1000mg/kg 生命危機の可能性→深昏睡、多臓器中毒症状(低血圧、代謝性アシドーシス、脳浮腫、生化学的異常、骨髄抑制)
(出典:Lindsay Murray,et al『 Toxicology Handbook 2nd Edition 』(Churchill Livingstone Australia社、2010年)
治療に用いるのであれば、バルプロ酸として1日400mg〜1200mgを使用するのが一般的かと思います
体重50kgの人が20000mg服用するとかなり重篤な症状を呈するということですから、処方薬を1カ月分飲まれてしまうと困るかもしれません
バルプロ酸中毒の治療
バルプロ酸中毒の治療は、一般的な中毒診療と同じく、ABC(気道、呼吸、循環)の確保と活性炭投与が基本になります
前述の通り、消化管からの吸収が早いので、早期の治療が望まれます
透析の適応についてはcontroversialです
バルプロ酸は分子量が144Dと小さく、分布容積も小さいので透析で除去されそうなのですが、タンパク結合率が高く取り除きにくいという性質も持っています。
ただ、透析によりバルプロ酸濃度が下がったという報告は多くあり、血中濃度が高いとタンパクとの結合が飽和して、遊離バルプロ酸が多くなるため除去できるのではないかと考えられています
透析導入は入院期間を短くし得るということなのですが、エビデンスレベルとしては十分ではなく、生命予後を変えるとまでは言い切れない状況です
いち早く透析を導入したにもかかわらず、脳浮腫を起こしてしまった症例もあります
治療はなかなか難しいですね
カルバペネムに着目
何とか血中濃度を下げたいというところで、注目されたのがカルバペネムです
もともとは、カルバペネムとバルプロ酸を併用することでバルプロ酸の血中濃度が低下し、けいれんが再発した症例が報告されたところからきています
これを逆手に取り、中毒症例にカルバペネムを使用したら、治療になるのではないかという発想になったのだと思います
カルバペネム投与でバルプロ酸濃度が下がる機序については、肝臓でのバルプロ酸のグルクロン酸抱合代謝が亢進し、胆汁中への排泄が促進されるのではないかと考えられています。
カルバペネム投与で生命予後や機能予後、脳浮腫の発生率が改善できるのかという点については現在のところ不明ですが、透析よりは治療のハードルが下がります
重篤な感染症というわけではない人や、耐性菌を持つわけではない人にカルバペネムを投与することの是非は残されますが……
新たな治療法となるのか、注目されるところです