人工呼吸の意味
まだまだ猛威を奮っている新型コロナウイルスですが、COVID-19には対症療法しかないということで、人工呼吸管理やECMO(Extracorporeal membrane oxygenation)に注目が集まっているように思います
集中治療というのは面白い分野で、いかに人を生理的な状態に近づけるかということを目標にサポートを行います
何かの臓器の機能が低下しているときに、それを改善すべく、薬剤や医療機器を使用して機能維持を図るというわけです
例えば人工呼吸で何をしているかというと、換気量を維持し、酸素化を維持し、呼吸仕事量を軽減(筋肉が疲れないようにお手伝い)すべく、適切な換気条件を考えて人工呼吸器の設定を行なっています
酸素のガス交換が低下していれば、高濃度酸素を投与したり、肺胞を開いて効率を上げることを考えます
肺胞が潰れないように圧力をかけてあげるわけですね
肺胞が潰れるとは
気管には軟骨がありますが、分岐して行った先、細気管支より先には軟骨がありません
このため、呼気時に胸郭を下げて胸腔内圧を高めると、細気管支から先が潰れてしまいます
人工呼吸の時に自分で呼吸筋を動かすことがなくても、自分の胸郭の重みで細気管支や肺胞が潰れることになります
炎症などで水浸しになっていると、潰れたところは開きにくくなり、潰れたままの状態になってしまって無気肺となります
これではいけないということで、人工呼吸中には呼気終末陽圧(PEEP)をかけています
呼気時にも気道内圧を保ち、肺胞が潰れないようにしようという試みです
ずーっと陽圧をかけておいて、さらに吸気時に陽圧をかけて肺胞を開きます
ところが、これにはデメリットもあります。濡れた紙風船を思い浮かべてください
もろくなった紙風船に、たくさん息を吹き込んで圧力をかけるとどうなるでしょうか?
はい、破れてしまいますね
というわけで、圧力を過度にかけずに、適切に肺胞を膨らませるというのが大事になります
人工呼吸では圧による障害で、気胸など合併するとされています
器楽奏者の肺胞は大丈夫?
僕は中学高校時代に吹奏楽部に所属しておりまして、サクソフォンを演奏しておりました
今では友人の結婚式で演奏する程度となってしまいましたが(漫談8:演奏2という非常にアンバランスな演芸ですが好評です)、ソプラノサックスからバリトンサックスまで一通りの演奏が可能です
低音楽器は比較的抵抗なく呼気が入りますが、高音楽器の特に高音域を演奏するときには、かなり抵抗が強くなり、相当な圧力が気道内にかかります
人工呼吸をするときにはPEEPを5~10cmH2Oくらいかけることが多いと思いますが、トランペッターは演奏中に150cmH2OほどのPEEPがかかるとされています
アメリカ横断ウルトラクイズでおなじみ、スタートレックのテーマを吹いているエリック・ミヤシロ氏を見ると、肺胞が破裂しないかと不安になってしまいます
STAR TREK スタートレック - Eric Miyashiro 2013
器楽奏者は気胸にならない
様々心配する声はあるかもしれませんが、結論から言うと、器楽奏者で気胸になることは非常にレアケースです
オーボエ奏者が気胸になったという噂を友人から聞いたことがありますが、演奏中であったか、演奏が起因する気胸であったかは不確定です
演奏中に気胸になったという報告も極めて少ないのです
なぜ器楽奏者は平気かというと、演奏中は気道内圧も高いけれども、気道の外側の圧力も高いからです
演奏中は、息をなるべく一定の速度で、一定の圧力で吐き出そうと、呼吸筋をコントロールしています
横隔膜や肋間筋を調節し、胸腔の容積を減少させると、確かに気道内圧は上がりますが、気道の外側、つまり肺の外側の圧力も高まっています
例えば、先ほどの濡れた紙風船を高圧酸素療法のカプセルに入れてカプセルの圧力を高めてみましょう
破れますか?
破れませんね?
紙風船の内外の圧力が変わらないので、紙風船の容積が変わらないからです
器楽奏者も、同じことが肺胞で起こっていると考えられています
では、人工呼吸中はどうなるかと言うと、自発換気の有無によって状況は変わるでしょうし、圧力を加えるタイミングによっても肺胞の容積は変わるだろうということが想像できます
器楽演奏中の状態が生理的というと誤解を招くかもしれませんが、人体は演奏に耐えられる体になるよう神様が作っています
同じく、人工呼吸管理の際も負担にならないように僕らは工夫しています