落ち着いたギラギラ救急医のブログ ER×ICU+α 

やっくんの「だから救急はおもしろいんよ」 日々の仕事や生活をつらつらと

学生とアドレナリン反転

学生発表会

毎週火曜日は岡山大学の高度救命救急センターで働いております

学生の臨床実習があったり、研修医が研修していたり、賑やかな雰囲気です

 

毎週水曜日には学生が学んだことを発表する会があるのですが、先日は教授の都合で僕のいる火曜日に勉強会が開かれていました

5人の学生から、実習中にみた患者さんから学んだことを、さらに深めてプレゼンテーションしてもらいました

 

低体温、ヘパリン起因性血小板減少症、脊髄損傷、アナフィラキシー、多発肋骨骨折

 

話の内容は多岐に渡りましたが、アナフィラキシーの治療に用いるアドレナリンの話題になった時、アドレナリン反転の話がでました

 

アドレナリン

アドレナリンはカテコラミンの一種です

カテコール+アミンということで、カテコール(フェノール類の一種で、ベンゼン環のオルト位に2つのヒドロキシ基を持つ)とアミン(アンモニアの水素部分が何らかの炭化水素基に置換された物質)の構造を持つものをこのように呼んでいます

 

体内ではチロシンからレボドパが産生され、ドパミンに変換されます

そしてドパミンからノルアドレナリンやアドレナリンに変換され合成されています

 

ご存知の通りアドレナリンは交感神経が興奮していると産生される物質で、外敵から身を守ったり、獲物を捕食したりといった、戦いの準備をする反応、ストレス応答反応を全身の器官に引き起こします

これをカテコラミンリリースと呼んでいます

 

カテコラミンにより頻脈で胸はドキドキ、毛は逆立ち、瞳孔は開きます

恋をしたときもカテコラミンが放出されているに違いないと僕は信じているので、これを恋のカテコラミンリリースと僕は勝手に呼んでいます

 

アドレナリンは救急の場においては切っても切れない薬品として重要です

例えば、心停止の際にはどんな波形であっても最終的には強心作用を期待してアドレナリンの適応がありますし、アナフィラキシーショックの際にはいち早くアドレナリンの投与を行うことが予後改善につながります

以前は心停止時に心腔内へ直接投与することも検討されることがあったようですが、近年それは推奨されていません

 

映画「ザ・ロック」でニコラス・ケイジが有機リン系の化学兵器「VXガス」を浴びてしまった時に心腔内に注射したのはアドレナリンではなくアトロピンです

あれで助かるのか?などと僕に聞かないでください

何も考えずに観られるいい映画だと思います

何も考えずに観てください

ザ・ロック(字幕版)

 

ともかく、アドレナリンは救命のために非常に重要な薬剤です

 

 

アドレナリン反転

非常に重要だと思うアドレナリンなのですが、実は使うことができないシーンがあるとされていました

それが、「抗精神病薬服用中」の場合です

抗精神病薬の使用中には、「アドレナリン反転」と呼ばれる反応があるとされているのです

 

アドレナリン反転とは、α1受容体拮抗薬投与後にアドレナリンを投与すると、期待されるアドレナリンの血圧上昇作用とは逆に血圧下降作用に反転する現象のことを指します

 

端的に申し上げますと、抗精神病薬服用中にアドレナリンを使用すると血圧が下がるかもしれないということです

 

この現象を理解するために、まずアドレナリンの作用をおさらいしましょう

 

アドレナリンの作用

アドレナリンは、交感神経受容体を刺激して心血管作動薬として効果を発揮します

この交感神経受容体にはαとβの2種類があり、それぞれα1、α2、β1、β2、β3などとサブタイプがあります

アドレナリンはこのうちのα1、β1、β2を刺激します

 

α1受容体刺激は細動脈平滑筋収縮作用を持ち、体血管抵抗を上げることで血圧上昇に寄与し、β1受容体刺激は心収縮力増加(陽性変力)作用と心拍数増加(陽性変時)作用を持ちます

一方、β2受容体刺激は細動脈平滑筋弛緩と静脈平滑筋弛緩作用を持ち、体血管抵抗を下げることで血圧低下に寄与し、さらに気管支平滑筋弛緩作用も持っています

α1受容体とβ2受容体の作用は矛盾していますね

 

アドレナリン反転がおこる理由

抗精神病薬の多くはα1受容体遮断作用を持っています

特にクロルプロマジンやレボメプロマジンなどのフェノチアジン系の薬剤でα1受容体遮断作用が強いとされます

もし、α1受容体が遮断された状態でアドレナリンが投与されると、β受容体のみの作用が優位となり、昇圧ではなく降圧作用が出てしまうというわけです

 

ほんまにそんなことが起こるんかという疑問もあるかもしれません

一応、動物実験で実際にクロルプロマジン投与後にアドレナリンを投与した結果、血圧低下を招いたという報告があるものの、ヒトを対象とした研究は乏しく臨床報告も乏しいというのが現状です

 

 

どのくらいの頻度でアドレナリン反転が起こるのかという点については疑問が残るところです

α受容体遮断の強さにもよるのではないかと個人的には考えます

 

起立性低血圧となるくらいのα受容体遮断効果が発現していないのであれば、そんなにアドレナリンの効果を邪魔しないのではないかとも思いますが、実際にアドレナリン反転の動物実験の証拠があり、臨床上もそれが疑われる報告もありますので、抗精神病薬の多くで、カテコラミンとの併用は禁忌であるという記載になっておりました

 

抗精神病薬+アドレナリン=禁忌?

死にかけている人に使う薬なので、使わなくては死んでしまいます

2018年4月、アナフィラキシーの際のアドレナリンと抗精神病薬の併用は禁忌から外されましたが、それ以外の用法は依然禁忌のままです

併用については海外では禁忌とはなっていないなど、足並みが揃っていない部分があり個人的にはもやもやが残ります

 

アナフィラキシーの際には迷わずアドレナリン投与で良さそうです

 

では心停止時はどうしましょう?

これはアドレナリン反転を恐れてアドレナリンを使用せず代替案で粘ってみるか、アドレナリン反転を過剰に恐れすぎることなく、注意を払いつつアドレナリン投与するかという二択となります

 

ヒトを対象とした研究が乏しいのでなんとも言えませんが、個人的に困ったこともありませんし、基本的にはアドレナリン投与で良いと考えます

(そもそもアドレナリンが心停止時にどれだけ有効かという問題もありますが、それはまたの機会に)

 

一応、アドレナリン以外の代替案について考えてみます

基本的にはアナフィラキシーショックや心停止の際に、β2刺激作用が少ないからという理由でノルアドレナリンを使用しても、あまり意味がありません

バソプレシンやグルカゴンを用いるという手段がないことはないですが、保険適応がなく、ルーチンにファーストチョイスとして使うのはいかがなものかと思います

 

もちろん、αブロッカー作用のある薬剤を服用している、もしくはβブロッカーを内服している場合には考慮されても良いかと思いますので、こういう選択肢が有ると知っておくことは重要です