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遺伝性血管性浮腫の病態と歴史

血管性浮腫

血管性浮腫は組織の深部におこる浮腫で、局所的な血管透過性亢進が原因と考えられています

蕁麻疹と異なり境界は不明瞭、痒みを伴わないのが特徴で、皮膚や気道、消化管など、どこの上皮組織にも生じ得る浮腫です

 

皮膚の浮腫は目に見えてわかるほか、消化管の浮腫では強い腹痛発作や嘔吐下痢を起こし、気道の浮腫を起こすと最悪死に至る病態です

このうち、遺伝的背景を持ち、血管性浮腫を繰り返すものが遺伝性血管性浮腫、HAEと呼ばれています

 

遺伝性血管性浮腫

HAEの歴史は古く、1888年にWilliam Oslerが5世代以上にわたり浮腫に悩まされる症例を報告しています

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

その後、1963年にDonaldsonとEvansらにより、補体C1インヒビター(C1-INH)の欠損が原因として報告され、HAEはC1-INHの異常が原因となる疾患と考えられてきました

 

C1-INHはキモトリプシン様のセリンプロテアーゼに対して働くserine protease inhibitor(SERPIN)の一種で、現在では11番染色体のC1-INHをコードする遺伝子に変異があることもわかり、この部分はSERPING1遺伝子と呼ばれています

 

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Serpin (stressed).png

イメージ:serine protease inhibitor(SERPIN)

下の白い構造がSERPINで、上のグレーの構造はプロテアーゼ

SERPINの青色の部分をプロテアーゼに引っ掛けて、触媒作用を阻害します

 

 

C1-INH

C1-INHは、補体系、凝固系、線溶系、キニン・カリクレイン系など、多数のカスケードに作用点を持ち、これらが過剰に活性化しないように制御しています

 

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HAEと遺伝子背景

HAEはC1-INHの定量的な欠乏が起こるHAE1型、C1-INHの活性低下のみ起こるHAE2型に分類され、ともに常染色体優性の遺伝形式をとるとされてきました

 

しかし2000年にBorkら、BinkleyらによりC1-INH正常にも関わらず家族性に血管性浮腫を起こすHAE3型が報告されます

www.ncbi.nlm.nih.gov

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さらに2006年、HAE3型患者の一部に凝固XII因子遺伝子の異常が報告され(HAE-FXII)、2018年にはAngiopoietin-1遺伝子に変異をもつHAE(HAE-ANGPTI)と、Plasminogen遺伝子に変異をもつHAE(HAE-PLG)が報告されます

 

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C1-INH正常タイプのHAEに、様々な遺伝子背景があることが明らかとなりました

なお、HAE-PLGは本邦でも我々が報告しており、少なくとも3家系はいるのではないかというのが現状です

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遺伝子背景が明らかではない一方で、家族性に浮腫を起こす家系も報告されており、これらは現在HAE-UNKNOWNと呼ばれております

 

血管性浮腫の鑑別は複雑化しておりますが、大きくはブラジキニン依存性のものと、じんましんなどマスト細胞メディエーター関連の浮腫に鑑別し、血管性浮腫らしければ、さらに鑑別を絞っていくというのが日々の診断過程となっています