地方二次救急病院の救急医ブログ ER×ICU +α 

やっくんの「だから救急はおもしろいんよ」

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板前さんにキレられた救急医

理不尽に耐えられなければ職人になれない?

先日、知人に連れられて日本酒バー的な割烹に伺った時の話です

食事が落ち着いて、ゆっくり日本酒を飲みながら板前さんと話していると、仕事が遅いと言うことでスタッフを怒鳴っていました

 

そこで

 

まぁそんなに怒鳴らなくても……

こうして怒鳴られて成長するもんだ!

日々、怒鳴ったりせずに上手に導く方法を模索しているのです……

怒鳴られたり理不尽な経験を積み重ねることでしか成長はない!

 

というやりとりがありました(簡略化)

 

板前さんは

理不尽や厳しさに耐えられなければ職人にはなれない

とおっしゃいます

 

個人的には、ただただ忙しいだけとか、理不尽なだけの経験を繰り返すよりも、もっと効率的で安全な学び方があると信じているので、日々教育法の向上をしなきゃいけないなと思っております

 

その旨を伝えると

効率とか追求しているうちは一人前になれない

とキレ気味に反論されました

 

掃除しかさせてもらえなかったり、よく分からない理不尽にさらされたりを乗り越えて一人前になっていくものなのだ

 

と、料理人として、職人としての成長に効率は求めてはならないというような話しぶりでした

 

医師もある種の職人だと思いますので、これは黙っていられません

 

「厳しさ」は必要か?

確かに、単調な作業が必要になる局面は存在すると思われます

例えば、糸結びをひたすら繰り返して手が勝手に動くレベルになっていないと、その度にモタつきます

持針器を用いて糸結びすることも多いですが、手が勝手に動くくらい練習しないと、都度悩んだりしているうちは、糸のテンションや結び目の硬さに気を配れません

 

ただ、例えば先輩医師の処置の準備や後片付けだけを何カ月も繰り返して、見て技を盗んで覚えて、ある日「やってみるか?」と言われたときに、スムーズにできれば「よし」、ちょっとレベルに達していないと「まだまだだな、まだ早かったな!」と言われ取り上げられる・・・

というようなやり方は非効率的ではないかと思われます

 

それだけならいいですが「何やってんねんアホちゃうか!?」などと罵倒だけされて終わったり、さらに後頭部をハリセンで一発・・・

みたいなのはさすがに意味不明じゃないかなと思うのです

 

ところが、板前さんは僕の効率的で安全な学び方という話が気に食わなかった様子で

 

そういう厳しい毎日に耐えて今の自分があるし、つらい日々を乗り越えないと成長なんかあり得ない

と豪語します

 

そして

効率なんか考えているうちは、ちょっとしたことで挫折する生半可な職人が出来上がるだけだし、苦労して成長したやつはその後の伸びが全く違う

 

とおっしゃいます

 

努力の方向性を考える

スポーツの世界、特に記録を争うような競技では顕著ですが、年々アスリートのパフォーマンスは向上しています

100m走の世界記録が9秒58だと言っても20世紀の人は誰も信じないと思います

そんなすさまじい記録を打ち立てたウサイン・ボルトの秘訣は、人類で過去最も過酷だったと思われる理不尽な苦労や、誰よりも年月を積み重ねた無駄な努力のたまものでしょうか?

多分違います

 

その時々で考えられる最善のトレーニングを行い、フィジカル、メンタル、それぞれに上手に導いてくれるコーチ、指導者がそばで修正を図っていったから生まれたものではないでしょうか

努力していないわけではなく、その方向性が重要だという話です

 

というわけで

もっと成長を早められる素晴らしい教育法を導入があったとして、それを受けていたらもっと素晴らしい自分になれていたのではないかとか、もっと素晴らしい料理を作る弟子を育てられたのではないかとか、そういうことはあまり思いませんか? 僕はそう思っちゃうんです

と板前さんに尋ねたら、火に油を注いでしまいました

 

全く思わない!

と、ものすごいけんまくで怒られました

 

職人は効率なんか考えてはならない

このやり方で育ってきたし、こうやって立派に一人前の料理人になることができた

それ以外のやり方では成し遂げられなかったことだ

と自分の歩んだ道を曲げられているような気持ちになっているようでした

 

僕は人格否定をしたいわけではないのです

板前さんは様々な苦労をしたと思いますし、耐え忍んで成長して一人前になって、自分の店を持つまでに至ったのだという自負もあるのだと思います

 

そして確かに食事はすばらしく、出てくるもの全てがおいしくて、何の不満もありませんでした

何度も通いたいし、友人に紹介したいと思うくらい最高でした

 

ただ、もっと良い教育を受けていたら、もっとその境地に早くたどり着けたのではないかとか、その技をより広められたらもっと多くの人がハッピーになれるのではないかとか、そんなことを僕は考えてしまうのです

 

もっと良い世界に

自分の修行中といえば初期臨床研修医の頃を指すのかもしれません

(日々修行中ですが・・・)

 

研修医時代は、なかなか高負荷だったなと思います

救急車の初療で受け持った患者はすべて主治医になるルールだったので、夜間救急からの新入院患者が1日に5人という日もありました

 

4日に1回の救急当直があり、当直明けはそのままその人たちも含めた担当患者さんの入院管理を夜まで行っていました

 

まぁ普通の医師の働き方ですよね、と思われた方とは話が合わないですね

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まぁ今思い返しても、危険だなぁと思います

やっているときも危険だなと思っていました

僕もホモ・サピエンスですから

 

安全を担保しつつ、もう少し頭を働かせる時間も作り、体もしっかり動かせるようなバランスで研修したらどんなふうになっていたのかなと思ったのが、教育に興味を持ったきっかけです

 

教育法を変えると変化が起きる

教育法で何か変わるという例の一つに、初期研修医の登竜門とも言えるような手技である、中心静脈カテーテル挿入を挙げます

 

末梢静脈カテーテル挿入と違い、体表から見えない深い血管を穿刺するので、難度が高く、隣の動脈を刺したり周辺臓器の損傷を招いたりと、危険性も高い手技です

 

2010年の研究で、従来通りの「see one, do one, teach one」という徒弟制度的なベッドサイドトレーニングと、シミュレーショントレーニングを行うのとでは、どの程度成功率に差が出るかを調べたものがあります

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

初回成功率はシミュレーション群が51%、従来群が37%

最終的な成功率もシミュレーション群が78%、従来群が67%

 

ということで、初回成功率も、最終的な成功率も、オッズ比1.7でシミュレーショントレーニング群の方が高いという結果でした

 

新たな教育法を取り入れることにより、さらに安全に、確実に技術をつけることができたというわけです

 

成長のために

医師も過労死しますし、私生活もあります

ずっと病院に張り付いているわけにはいきません

患者さんの安全のためにも、労働時間は減らすように、働き方改革へと社会は動いています

 

成長もあきらめてはならないので、より効率を求めた教育を行い、短時間で濃密な時間を過ごす必要が出てきています

 

従来の教育を受けていない人は、より理不尽にさらされる機会が減ったり、患者さんを危険にさらす機会が減ることで、強靭なメンタルを持ち合わせていないという変化があるかもしれません

 

効率的な教育を受けた者が30年後にダメな医師になっているかどうかはまだ分かりませんが、僕らは安全も気にする必要があり、より安全な方法という視点も大事にしながら教育の発展を少しずつしていくしかありません

 

効率的な教育というと技術のみに目が行きがちですが、知識、技術、態度、それぞれに対しての教育が必要です

 

今回、店を出る時の言葉が

君には大きな挫折が待っているからな!

でした

 

そこは

ありがとうございました

ちゃうんかいと思わなくもないです

 

客に延々とキレ気味に説教をするようなメンタリティーを植え付けられている時点で教育が成功しているのかは疑問が残るところですが、件の店はおいしかったし、とりあえずもう1回行こうと思います

挫折していない姿を見せる必要がありますので